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北の島通信 その2「クジラの道」

展示準備中のシャチの骨格標本
展示準備中のシャチの骨格標本

利尻島の西海岸に「ポロフンベ」という地名があります。アイヌ語でポロは「大きい」、フンベは「クジラ」を意味しています。海の向こうの礼文島東海岸には「フンベ(奮部)」と言う地名があり、ポロフンベと同様にクジラを指しています。古くは両島を挟む海をクジラが泳いでいたので、このような地名がついたのではないかと言われています。

 2003年夏、利尻島西海岸の栄浜にシャチの死体が漂着。博物館で骨格標本にすることになり作業に加わりました。重機で10トントラックに載せられた死体はゴミ処理場へ。
異様な臭いと風に舞うビニールなどのゴミ、無数のカラスに囲まれた中でひたすら肉をそぎ落とす作業が続きました。服装は作業用の合羽に頭と口をタオルで覆い、肘までのゴム手袋。右手にマキリ、左手に先端が?型になったカギを持っています。雪が舞う中では足元が雪とシャチの脂でぬるぬるになり、鼻水がたれてきても拭くこともできませんでした。

 そのシャチの骨格標本が今月20日に初めて一般公開されました。前日、展示のために骨をひとつひとつ並べていき、全長約6.5mの姿が再び目の前に現れると、今までの作業の様子が頭に浮かんできました。振り返るとシャチにかかわってきた5年間は私自身のこれまでの人生の中でも変化の激しい期間でした。島への移住、自然ガイドの仕事、結婚や育児などなど。

 今日も利尻島の西海岸からは対岸の礼文島がよく見えていました。10km程度の幅しかないこの島間の海でクジラのブリーチングやブローが見られるなんてちょっと素敵だなと思い海と礼文島を眺めながらその姿を想像していました。漂着したシャチも島間の海を泳いでいたのでしょうか。利尻山をバックにたくさんのクジラが泳ぐクジラの道を思い描きながら、自分の道というものも重ね合わせていました。

西島徹
自然ガイド利尻森の雫代表。
福岡県出身。1998年に初めて利尻島を訪れ、2004年に移住。
山すそで海風を受けながら大好きな利尻山をボーっと眺める時間が至福のとき。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~rishirimorinoshizuku/

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